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仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)414号 判決 1982年12月10日

控訴人(被告) 株式会社郡山毛利金融

右代表者代表取締役 佐藤守

右訴訟代理人弁護士 佐々木清

被控訴人(原告) 有限会社三浦精肉店

右代表者代表取締役 三浦郁雄

右訴訟代理人弁護士 鈴木一美

主文

一、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の主張は、控訴代理人において請求の原因4は認めると述べ、控訴及び被控訴各代理人において、不当利得の成否につき左記のとおり法律上の主張を述べたほか、原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

一、被控訴人の主張

控訴人も被控訴人も、ともに一面識もない本件土地所有者である訴外鈴木國雄との間で契約を締結する意図で行動したが、訴外鈴木と信じた訴外岩崎勝元は訴外鈴木の氏名冒用者で、無権代理人でさえなく、控訴人も被控訴人もともに訴外岩崎が本件土地の処分権限のある訴外鈴木であることを前提にして契約を意図したのであるから、主観的には勿論、客観的にも意思表示は合致せず、契約は不成立というほかはない。本件は契約の成立を前提とするところの意思表示に瑕疵の存する錯誤や詐欺の規定を問題とする事案とは次元を異にするものである。しかるに、被控訴人は本件売買契約があったものと信じ、土地所有者訴外鈴木の債務を控訴人に代位弁済してその抵当権設定登記の抹消登記を受けたのであるが、控訴人は訴外鈴木に対し貸金債権を有していないのであるから、被控訴人の控訴人に対する弁済は非債弁済であって控訴人には本件弁済を受領すべき何らの法律上の原因はない。

二、控訴人の主張

控訴人も被控訴人も、契約の相手方を鈴木國雄と名乗ってやってきた男と考えていたことに疑はなく、訴外岩崎も自分が鈴木國雄と名乗って控訴人から金を借り、被控訴人に土地を売却したと考えていたはずであり、当然のことながら、当の訴外鈴木は何らの行動もすることなく契約の締結には全く関与しないのであるから、本件各契約の当事者は疑いもなく、訴外鈴木こと訴外岩崎と解すべきである。もし、原判決の説示するような理由で、本件各契約が訴外鈴木との間に成立するというのであれば、氏名の被冒用者が死者であったり架空人であった場合は、どういうことになるのであろうか。契約の当事者が誰かという問題は、訴訟当事者を確定する問題とは性質を異にするのであって、前者の場合に、人の名称は契約当事者として行動した人間を特定するための符号であると解すれば足りることからである。そうだとすれば、被控訴人は民法の錯誤の規定又は詐欺の規定によってしか保護されないはずである。したがって、控訴人と訴外岩崎との間に契約が成立している以上、控訴人は被控訴人が訴外岩崎の使者として弁済したか、第三者として弁済したかを問題にすることなく、その弁済を受領する権限を有することは疑いない。

(立証)<省略>

理由

一、請求の原因1の事実は、契約の一方の当事者が訴外鈴木であることを除き当事者間に争いがなく、請求の原因2の事実中本件土地に被控訴人主張のとおりの抵当権設定登記が存したこと、被控訴人が控訴人に対し昭和五四年五月二二日金五三五万円を交付したことは、当事者間に争いがない。

二、<証拠>によると、前記のように、契約の一方の当事者が訴外鈴木であることを除き当事者間に争いのない請求の原因1の事実に至る経緯として左記1のとおり、また請求の原因2の事実中争いのある部分につき左記2のとおり、そのほか本件に関する事情として左記3のとおり認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1. 請求の原因1記載の本件消費貸借契約、抵当権設定契約及び抵当権設定登記の経由は、訴外岩崎において、訴外内山信平と共謀のうえ、本件土地の所有者である訴外鈴木國雄を詐称して同土地の処分名下に他から金員を騙取しようと企て、その準備として、勝手に訴外鈴木の印章を作り、同人名義の文書を偽造行使して所轄官公署に虚偽の申請をしたうえ、住民票、印鑑登録簿、登記簿等に虚偽記入をさせる方法により、東京都江東区塩浜二丁目一一番一八号(登記簿上は同都同区深川塩崎町一番地)に住所を有する訴外鈴木が埼玉県川口市大字芝八六六番地の五に転居した旨虚偽の住民登録をし、本件土地につき所有者の表示(住所)変更の登記を経由したうえ、控訴人の営業所に到り、その職員五十嵐賀代子に対し、右のような虚偽の記載のある本件土地の登記簿謄本、訴外鈴木の住民票、印鑑登録証明書等を示し、同訴外人を装ってその旨前記五十嵐を誤信させて行ったものである。

2. 次に請求の原因2の本件土地売買契約及びその代金支払等は、訴外岩崎において、昭和五四年四月一三日被控訴人の営業所において、その代表取締役である三浦郁雄に対し、前記1同様の手段方法により、自らが訴外鈴木本人であって本件土地の所有者であると偽り、その旨同人を誤信させたうえ、被控訴人に対し本件土地を代金一二三〇万円で売渡し、同日その代金支払方法につき現金で内金六九五万円の支払を受け、残五三五万円は同年五月三〇日までに請求の原因1記載の本件消費貸借の弁済金として控訴人に支払う旨の契約を結び、即月六九五万円の交付を受け、被控訴人は同月二六日本件土地につき所有権移転登記を経由し、同年五月二二日五三五万円を控訴人に支払い、同月二三日請求の原因1記載の抵当権設定登記の抹消登記を経由したものである。

3. 昭和五四年九月二八日、訴外岩崎は福島地方裁判所郡山支部に、請求の原因1の事実に関し、控訴人の職員である前記五十嵐賀代子からの貸付金名下の金員騙取、同2に関し被控訴人代表者三浦郁雄からの売買代金名下の金員(控訴人に対し弁済させた本件五三五万円を含む)騙取により刑法二四六条一項の詐欺罪により起訴され、有罪の判決があった。控訴人、被控訴人とも、本件抵当権設定登記の抹消登記を終えたのち、警察の捜査が始まってから、訴外岩崎の詐欺の事実を知った。

三、法律行為ないし法律的行為の当事者が誰かを判断するには、代理人又は使者と名乗って行動した場合は別として、現実にその行動をした者を、行為者と考えるべきであって、法律行為ないし法律的行為は現実にその行為をした本人を当事者として成立し、その者について効果が生ずると解するのが相当である。前記一、二に認定した事実によると、本件各契約の一方の当事者は、訴外鈴木を詐称した訴外岩崎であり、右各契約は同人との間に成立し、ただ他方の契約当事者である控訴人及び被控訴人において、相手方が訴外岩崎であるにもかかわらず、訴外鈴木であると誤信した点に錯誤があったに過ぎない(最高裁昭和二九年二月一二日第二小法廷判決民集八巻二号四六五頁参照)。してみると、本件消費貸借契約は控訴人と訴外岩崎との間に、また、被控訴人による第三者弁済契約は訴外岩崎と被控訴人との間にそれぞれ成立し、これについて無効事由の存在及び取消の意思表示がなされたことの主張のない本件においては、控訴人は本件抵当権設定契約の有効、無効にかかわらず、右消費貸借上の債権につき弁済を受領しうるものといわなければならない。したがって、被控訴人が控訴人に対してした本件五三五万円の弁済は、法律上の原因があり、不当利得となるものではないといわなければならない。

四、してみると、被控訴人の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がなく、棄却すべきであるから、本件控訴は理由がある。

よって、民事訴訟法三八六条により原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、右取消にかかる部分の被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 宮村素之 裁判長裁判官中島恒は転補のため署名押印することができない。裁判官 石川良雄)

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